
2003年3月14日 |
■ 高田 「最近夢を見ている気がしない。昔はもっとたくさん夢を見ていた。夢日記をつけようと必死になっていた」、という質問が来ていますが。 |
■ 北浜 最近夢を見なくなったというのは、一つは、加齢によって少し頭の機能が落ちていますので、ちょっと夢は減るのですが、夢に興味を持っている人は、やはり夢を多く思い出すことができるのです。あまり興味のない人、私は夢なんか見たことがないよという人が多いのです。目が覚めてから、さっさといろいろなことができる人は、あまり夢を見たと言わないのです。夢を見てから、起きて、ぐずぐずしている人は、「あんな夢を見た、こんな夢を見た」と書いたりなどするのです。ですから、夢を見なくなったというのは、一つは夢への関心が減ったのかもしれません。夢日記を書かれたら、夢が増えると思います。 |
■ 高田 「色彩夢のお話、興味深く拝聴しました。夢に色がない場合、最初から色のない夢を見ているのか、起きたときに情報が欠落する中で色の情報が失われるのか、どちらなのでしょうか」。難しいですね。 |
■ 堀 はい。これはまだなぞの部分だと思います。ただ、今、脳の活動部分というのがだんだん分かってきまして、いろいろな測定装置を使って、例えばレム睡眠の最中は、どこが活性化しているか調べることができるようにはなってきました。 |
■ 高田 |
豊田さんが、民族によって夢に対する理解のしかたが違う。それを文化という言葉で示されたのですが、文化というのは、ものの考え方の癖のようなものだと考えたらいいですね。 |
■ 豊田 そうですね。ある程度、広がりのある集団が同じように持っている。そして、遺伝で伝わるものではなくて、生まれてから、社会から得られ、学んでいくもの、社会から受け取っていくものと考えたらいいのではないかと思います。 |
■ 高田 そうすると、先ほど睡眠文化研究所の安達さんから、男性と女性で夢からの連想語が違う。男性は「宝くじ」「はかない」、女性は「正夢」「実現する」というわけで、そのきっかけに夢占い、これは男女で、やはり全体として癖が違うというふうに理解していいのでしょうか。 |
■ 豊田 恐らく男性は経済的な力を持つことが期待されるので、社会的にそういう圧力がかかりますから、そうすると、宝くじを買って、経済的な見通しを立てようということを考える。そう考えていいのではないかと思います。女性の場合はそれが少ないので、宝くじを当てようというのは、もちろん個人差はありますが、全体としては少ないことになるのではないかと思います。 |
■ 高田 '83年ごろから、「夢」は将来、実現したい願いのことを意味するようになり、今や眠ったときに見るものではなくなってしまったというか、このあたりは何が変わったのでしょうね。 |
■ 豊田 一つには、英語の影響があるのではないかと思うのですが、「Dreamドリーム」というと、夜見る夢と、将来こういうことを達成したいという夢。この概念が日本に入り込むことで、夜見る夢だけではなく、将来の希望という意味も取り込んだということがあるのではないかと思います。 |
■ 高田 夜見る幻としての夢が、将来に投影された、そういうものに転換された、それには、どういう理由があったのでしょう。 |
■ 堀 たしか'80年頃から将来への希望というのが語りだされた。多分、日本語が変わってきているのではないかという気はするのです。夢というのは、夢、幻というように、つまらないものの代表みたいな言い方をしていますから、そこでまじめに人生に取り組むときのテーマに、夢という言葉はなかなか登場しにくかったのだろうと思うのです。 |
■ 北浜 戦後、ご飯を食べるのが夢だったというのですが、叶えられそうで叶えられない、叶えられるところだった夢なのです。ところが、最近は何でもあるのです。現実的にあるものは夢にならない。だから、手近にある希望ではなく、はるかに離れたものが夢になっているのだと思います。 |
■ 高田 もちろん今後もいろいろな科学技術の発展に我々は夢を託すわけで、脳科学などはこれからもどんどん進んでいくわけですが、同時に、楽しみながら、何かをやるというスタンスが必要なのではないか。元気で働くために眠る。もちろん、こういう考え方があってもいいし、実は、20世紀という時代は、そういう考え方に基づいて勤勉に働き、夜は8時間睡眠でやってきたわけです。だんだん睡眠時間を確保できないといった問題も起こってきている。 |